ブックタイトルsatoh

ページ
89/1034

このページは satoh の電子ブックに掲載されている89ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

satoh

第1回佳作と社会の開発の双方に関するかぎり、開発的であり、自分と社会についての個人的学習の過程で、最も広い意味では教育的である。そのため、それは開発のための教育の内部活動注8)的な過程である」。ここでどうしても「開発」とは何かという問いに答えておかなくてはならない。もはや人々は「進歩の神話」や「限りなき発展」の幻想にとらわれているわけにはいかない。あるべき開発の姿を見つめ直さなければならないところに来ていると言えよう。プラント・リポート作成スタッフの一人、S.ランプアル(Ramphal)氏はさる7月に来日した時、あたかもこの問いに応えるかの如く、次のように言っている。「開発とは、単に貧困から豊かになるというだけではなく、また従来の伝統的な地方での経済社会から、高度に発達した都市化の社会に移るだけのものでもない。同時に、経済的な向上だけを意味するものでもなく、それは人間の尊厳に対する尊敬、またより大いなる安全、正義,公平さなどを意味するのである。開発の真髄は、貧困そのものの絶滅である」。同氏の言う開発の説明的定義を今後開発教育という時の「開発」の中心的内容として考えても良いのではないかと思う.従って、このような「開発のための教育の内部活動的な過程」としての開発教育は当然のことながら以下のことを目指すものとなろう。(i)正義とか公平という倫理的な価値観に照らされ、精神的な分野での発達。(i)この精神的な基礎の上に求められる質的な生活の保障と向上への努力。(i)グローバルな反映と利益を目指す共同体性。この三点に概ね要約できよう。とりわけ第一点は最も基本的なものであると筆者には思われる。巧みに演出された広告の魔力から自衛するためには,まず第-に自己の意識を高める以外に道はない.すでに第一章でも述べたように、多国籍企業が途上国において大々的に行っている広告のキャンペーンはその副産物として、生活必需品にもこと欠いている家庭に中流陪観の一員だという実体のない感情を抱かせている。これを克服するためには、個人として、またひとつの共同体のメンバーとしての自覚を促し、かつその自尊心と固有の権利を明確に意識することが必要となってくる。このような意識化のプロセスを経て、序々にその個人の中に自律的な価値観注8)R・バーンズ、「開発教育の理解に向かって」cf.ユニセフ・ポリシーペーパー'78/12 87