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概要

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第1回優秀賞本章の中心概念であるリテラシーの定義づけを行なう場合に注意する点があるOまずリテラシーの対象たる書きことばは、第一に知識・情報の伝達、吸収となるものであり、第二に文化の継承を担う基本的メディアである。人々は,多くのメディアー特にプリントメディアを通して自己をデザインし、文化的同一視を可能ならしめる。未だに初等教育において、最も基本的な教材は、プリントメディアを中心とした教科書に依拠していることからもその重要性がうかがわれよう。一般には、リテラシー(literacy)は、人間存立に不可欠な基礎能力のひとつであり、5)「母国語で書かれたものを読め、ある程度の文章を書ける能力」をさす。しかし、ここではさらにこわ定義に積極的な意味を加えてみたい。開発途上国におけるリテラシー率の増大は、極めてマクロ的視野に立つものであり、総和体としてのリテラシー集団のひとつとして位置づけられる。リテラシーは、生涯にわたって行使されうる社会システムの中にあって初めて定義しうるものであり、リテラシーそれ自体が目標なのではなく、基本的な人間の権利であるといえよう。そしてそれは、諸産業にとって有益な役割を果たすものであり、自立的・主休的発言ができ、まわりの社会を客観的に把握しうる眼を養うための基盤たるものである。従って、ここで私は、リテラシー・イリテラシーという二元論ではなく、イリテラシー・潜在的リテラシー・積極的リテラシーの3項分類を置くことにする。この意味でいわゆる一般的定義は潜在的リテラシーに相当するが、本論では、積極的リテラシーとして位置づける.たとえば、ベトナムにおける国家的リテラシーキャンペーンは、南北統一総選挙(1976年)の為の投票に不可欠なものと判断された為といえよう。リテレイト(literate)でない者は、事実上投票できないのであり、自らの考えを表明できないのである.ここでは、リテラシーのもつ主体性、政治的側面といった積極性がみられよう。先進国と異なり開発途上国におけるテレビ、ラジオといったマス・コミュニケーションの立ち遅れは、逆にプリントメディアの重要性を表わしており、さらに開発途上国における情報の多くがReadingに依拠していることを考えるなら、主体的意思・判断の育成注5)リテラシー(literacy)の-殻的定義については、以下を参照した.0.E.D.(1933)VoLⅥ"literaCy'p.340EncyClopcdiaoftheS∝ialSciencesEd.byEdwinR.A.Seligmanγol.9-10 (1933)"LiteracyandIliteracy"pp.511-523*本論での、基礎的統計データは,主として、UNESCOのYEAR BOOK 1978-1979に嘩担している. 43