ブックタイトル佐藤栄作 受賞論文集

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概要

佐藤栄作 受賞論文集

第28回佳作活的な要請は、(国家間の関係を前提とした)抑止理論を発展させ、今日でいう「伝統的な」安全保障観を形成したのである。ところが冷戦の終結後、状況は変化した。援助継続のための政治的コンディショナリティを突き付けられ、経済停滞および自由市場経済の浸透と相まって、その基盤が揺らいだアフリカ諸国は国内紛争を抑えられなかった。また1980年にチトーというカリスマを失い、東欧革命の影響を受けた旧ユーゴスラビアにおいても、民族間の対立は大規模な暴力へと発展した。その過程において人権は傷つけられ、多くの難民が発生した。すなわち冷戦の終結後、国家間の安全保障イメージのみでは捉えられない出来事が見られるようになったのである。そしてそれらは、直ちに対処すべき問題であった。ここから導かれるのは、人間の安全保障は、必ずしも厳密な学術的定義を要求しないということである。むしろそれは、「実践的な行動目標」である13。問題領域をあまりにも狭く設定すると、新たなタイプの問題への対処が困難になる。冷戦の終結は、伝統的安全保障概念の外で理解せざるを得ない問題群を惹起し、人間の安全保障は、両者の溝を埋めるものであった。確かに学術的一貫性を保つためには、自然災害を伝統的な安全保障上の脅威と同一視することは必ずしも適切ではない。しかしながら、今次大震災の影響からも明らかなように、自然災害が国家あるいは人間の獲得した「価値」を著しく損なうことは疑いない。さらに、自然災害の被害抑制(及びそのための試み)は、学術的意義が大きいことのみならず、社会的にもきわめて重要な事柄である。その点においては、より広い文脈においてこの問題が議論されることは、国民の関心を喚起することに繋がり、むしろ歓迎すべきものであるとも言える。より多くの資源や協力を呼び込むことができる。そして、自然災害が第一に脅かすものは、個人の生命や生活に他ならない。したがって、「人間の安全保障」という概念を受容し、自然災害を脅威として認識することは、ひとつに、社会的に大きな意義がある。また第二に、そうすることで、安全保障論から有用な助言を得ることができる。これによって国連の今後の活動に関して検討する前に、次節で現在の国連の災害分野における活動を概観する。13押村(2004)26-27頁。979