ブックタイトル佐藤栄作 受賞論文集

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概要

佐藤栄作 受賞論文集

の提唱した安全保障化(securitization)の議論がある。Waverによれば、ある問題が緊急の措置を要し、通常の政治手続きからの逸脱が正当化されるような顕在的な脅威として認識されるとき、それは安全保障化された(securitized)問題になるという8。したがって、時には経済や環境の問題、または感染症も安全保障上の脅威として認識されるのである。以上のように、安全保障という用語は決して単一のイメージから成るものではない。むしろダイナミックに意味合いを変え得る概念なのである。しかし他方では、安全保障をより広い意味で捉える立場への批判も存在する。安全保障に関する議論の領域を、軍事的な問題に限定すべきであるとの主張を「伝統主義(traditionalist)」といい、安全保障をその他の問題へ適用する立場を「拡大主義(widner)」と呼ぶ9。伝統主義者であるWalt(1991)は、安全保障に関するアジェンダを拡大することは安全保障研究の学術的一貫性を損ない、問題の解決を困難にしてしまうと主張した10。人間の安全保障において、安全保障の「客体」はその名が示すように「人間」である。そして「人間」という対象はとてつもなく多くの側面を備えており11、人間の安全保障が扱うのは、前述のように、多様な領域にまたがる諸問題である。この点に関して、Paris(2001)も人間の安全保障概念を厳しく批判する。曰く、もし人間の安全保障がほとんど全てのものを意味するのならば、それは事実上、何も意味しないことになる12。すなわち、あまりに多くの対象を含む概念は結局のところ、その含意の多様さゆえに、何も指し示していないのと同じである。では、多くの領域を含む人間の安全保障は取るに足らない概念であり、それゆえに自然災害を重要な脅威と見なすこともまた、極端に言うならば、愚かな行為であろうか。この問いに答えるためには、いま一度人間の安全保障という概念の出自に立ち戻らなければならない。1990年代に人間の安全保障が注目される背景として、冷戦の終結とそれに伴って浮上した諸問題が真っ先に指摘される。冷戦期の政策決定者や研究者は、米ソ両大国間の核戦争にまでエスカレートし得る対立を管理しなければならなかった。この文字通り死9788Waver(1995)p.55.9Buzanetal.(1998)pp.2-3.10 Walt(1991)pp.212-213.また、これと関連して、Waverらの安全保障化の議論に関しても批判が想定される。すなわち、これによれば、ある社会において安全保障といわれるようになったものが安全保障である、といった同語反復が生じるという。したがって、実は安全保障とは何かを説明しているわけではないと指摘される。土山(2004)85-86頁。11「人間」は政治・経済・環境など、領域横断的に活動する。そのため、安全保障の対象となり得る物事にも、無数に遭遇するのである。12 Paris(2001)p.93.