ブックタイトル佐藤栄作 受賞論文集

ページ
1032/1096

このページは 佐藤栄作 受賞論文集 の電子ブックに掲載されている1032ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

佐藤栄作 受賞論文集

くなり、人道危機の深刻化への誘因を高めるというケースである。ダルフールでは、スーダン政府にとって中国が最大の石油輸出先であり武器輸入先であるなど関係が深かったが、反政府勢力側に対し政府側が必ずしも軍事的優位になかった当初は、PKOを受け入れるなど人道状況改善に同意した。しかし、軍事的優位が確立されてからは民兵ジャンジャウィードを用いて、バシール大統領にICCから逮捕状が出されるほどの大規模な人権侵害が行なわれ、人道状況改善への同意は得られていないままである。これもまた傍証ではあるが、国連の本格的な関与・介入を恐れる必要さえなければ、問題は国内における軍事的優位の確立のみとなるのである。ジンバブエやシリアでの人道危機の深刻化に際しても、それぞれ中国・ロシアとの関係で同様の指摘ができるだろう。そして、チェチェンにおける人道危機の深刻化のように、ロシア国内の問題であれば尚更である。しかし、だからといって安保理による授権を軽視することもまた困難であることは先述のとおりである。国連に代わって民主主義国同盟が設立されるべきだとの対策が提案される34こともあるが、正統性の面で理解を得難く、また実現性も乏しいだろう。むしろ、近年の課題とされているのは、国連の正統性を更に高め、多国間主義そして国際立憲主義を促進することである35。第三に、PKOが機能を拡大するあまり、人道状況改善への領域国の同意確保が困難になり人道危機が深刻化しかねない。近年のPKOは軍事能力を高めたり行政支援などの平和構築を担ったりするようになってきたが、このようにPKOが多機能化している現在では、領域国内での活動のマンデートが当初の予定よりも長期化・拡大しやすく、かといって出口戦略をあらかじめ公表することは被介入側に抵抗のインセンティブを与えかねない36ためできない。その結果、PKOの駐留期間・内容に対する領域国政府指導者の不安を払拭できず譲歩への誘因が失われるため、PKO受け入れを伴う人道状況改善への同意確保が困難になると考えられるのである37。ここにも、解き難いディレンマがある。第四に、国際刑事裁判制度が進展するあまり、人道状況改善への領域国の同意確保が困難になり人道危機が深刻化しかねない。制度が整備されてきた現在では、恩赦により領域国政府指導者の地位を保障することがしづらく責任を追及せざるをえない。とりわけ、103034 Teson(2005)p.388を参照。35最上(2008)pp.66-69を参照。36Walzer(2004)p.72を参照。37 酒井(2004)p.242では、冷戦期のPKOを念頭に「領域国は・・・PKOの任務の特殊性と暫定性を考慮して当該PKOの現地展開について同意を与えることになるのではないか」と示唆されている。本稿では、この論理の裏を示している。